第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお願いしました。
今回ご紹介するのは、増感剤と金属ナノ粒子触媒を用いた水の光酸化反応に関する研究です。
水の酸化反応は4つの電子が関与する複雑な反応機構を含む、反応速度的な観点で容易に進行しない反応として知られています。光触媒を用いた水の酸化反応では、光触媒表面上にナノ粒子助触媒を担持することにより光触媒活性が向上した例が多数報告されていますが、ナノ粒子助触媒は経験則に基づいて選定されることがほとんどでした。
今回、ルテニウム錯体を光増感剤とした水の光酸化反応を応用し、金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」を定量化する手法を報告されました。これまでの経験則に基づく触媒探索から、定量化手法の開発により合理的な触媒デザインが期待されます。本成果は、Chem Catalysis 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Discovery of the threshold potential that triggers photochemical water oxidation with Ru(II) photosensitizers and MOx catalysts”
Okazaki, M.; Yamazaki, Y.; Lu, D.; Nozawa, S.; Ishitani, O.; Maeda, K. Chem Catal., 2025, 5, 101167. DOI: 10.1016/j.checat.2024.101167
研究室を主宰されている前田和彦 教授から、岡崎先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
岡崎さんは、眼前の研究課題の急所を捉え、的確にアプローチできるのはもちろん、物事の裏側に潜む上位概念を抽出して具現化する稀有な能力をも備えた、まさに理学系化学の申し子と言える存在です。例えば、リーディング大学院のプログラムの一環で三澤弘明先生の研究室に留学した際は、三澤研のプラズモン駆動水分解光電極のテーマに自身の触媒化学の知見を融合させ、わずか3ヶ月の留学期間内に論文発表に必要な主要データを取り切り、翌年論文発表に漕ぎ着けました(ACS Appl. Energy Mater. 2020, 3, 5142–5146)。今回紹介していただく研究成果も、もちろん岡崎さん自身の気づきがきっかけとなって生み出されたもので、40年以上世界中で研究され続けている光化学酸素生成反応から全く新しい概念を打ち出したものです。オリジナリティの高い成果を生み出し続ける岡崎さんの今後の活躍にご期待ください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
水の酸化反応は、CO2を工業的に利用価値の高いギ酸・一酸化炭素へ変換する反応や、クリーンなエネルギー源の代表格である水素を水から直接得る水分解反応といった、エネルギー問題を解決するために必須となる多くの触媒反応の対をなす反応です。そのため、より高い活性を有する触媒を見出すべく、これまで様々な研究が行われてきています。本研究では、水の酸化触媒として高い活性を示す金属酸化物ナノ粒子に対し、反応の進行に必要な「駆動力」を定量的に見積もる方法を確立しました。
ナノ粒子はその名の通り、粒径がナノメートルオーダーであるため、固体(粉末)触媒の中では小さいサイズのカテゴリーに入ります。そのため比表面積が比較的大きく、触媒反応を進行させる活性点が表面に多く存在することから、水の酸化反応に限らず触媒反応全般において、高活性化を実現した例が数多く報告されています。しかし、ナノ粒子であるが故に(サイズが小さすぎることから)精密な分析が難しく、ナノ粒子が触媒として作用する際に関与する電子の情報を実験的に得る方法がほとんどありませんでした。
そこで本研究では、半世紀以上前から確立されている水の光酸化反応を応用する方法を考案しました。水の光酸化反応ではルテニウム錯体を光増感剤として用い、消光過程によって生じた一電子酸化種に対し、触媒として作用する金属酸化物ナノ粒子から電子が移動することで反応が進行します(図1)。すなわち、仮に金属酸化物ナノ粒子の電子の化学ポテンシャルがルテニウム錯体の電位よりも正側に位置していた場合、水の酸化反応は進行しません。そのため、ルテニウム錯体の電位と金属酸化物ナノ粒子の電子の化学ポテンシャル双方を制御し、水の酸化反応が触媒的に進行する条件/しない条件の境界を探ることで、金属酸化物ナノ粒子のポテンシャルを見積もることができると考えられます。実際に複数の条件で水の光酸化反応を行ったところ、4種類の金属酸化物ナノ粒子(Co, Ni, Ru, Ir)に対し、水の酸化反応に関与する電子の化学ポテンシャルを見積もることに成功しました(図2)。

図1. 水の光酸化反応の反応機構の概略。

図2. 金属酸化物ナノ粒子の、水の酸化反応に関与する電子の化学ポテンシャルを見積もった結果。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
地味な部分ではあるのですが、本研究で用いたルテニウム錯体は有機溶媒中で使用される例がほとんどであるため、すべてのキャラクタリゼーションを水溶液中で測定する必要がありました。その結果はすべて論文のSI(Supplementary Information)に記載しています。表だったデータではないのですが、丁寧に実験を行いました。今後はこれまで以上に、水溶液中での錯体利用が拡がっていくと思うので、ルテニウム錯体を水溶液中で扱っている(これから扱おうとしている)方々にも参考になれば良いなと思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
実は本研究の内容は、3年前に初稿として今のストーリーとはまったく違う流れでまとめていました。しかし、本研究は固体化学(ナノ粒子)、錯体化学、光化学、触媒化学…といった複数の分野にまたがる内容になっています。その影響もあって、投稿後の査読の段階では、多種多様な専門家からそれぞれの視点で数多くのコメント(ほとんどはダメ出し)をいただきました。いただいたコメントにはその都度しっかり対応したつもりだったのですが、2年半にわたり、投稿していたすべての雑誌から「掲載不可(reject)」の判断を頂戴する結果となりました。筆者は基本的に(研究に対しては)楽観的な性格の持ち主ですが、5回目のrejectの連絡をいただいたときにはさすがに落ち込みました。数か月間悩んだ末、最初から最後まですべて書き直してやる!と奮起し、タイトルから何からすべての文章を書き換えました。まったく同じデータについて、まったく異なるストーリー展開で議論を組み立てていくことは容易ではなく、苦労しましたが、多くの分野の方々に受け入れやすい表現や論調を心がけました。その結果、書き直し後一発目の投稿で掲載が決定しました。最初から今のストーリー展開で論文を書いていればそこまで苦労しなかったのかもしれません。しかし、結果として、論文の書き方について筆者自身がいろいろと考える経験になったことは間違いないので、今後もこの経験が活きてくるのではないかなと思っています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
筆者がまだ中学生だった頃、学校のセミナーにて、とある研究者の講演を聴く機会がありました。当時は研究者とは具体的に何をしている人なのか、イマイチわかっていなかったのですが、そのセミナーでは研究者の話が面白くて、筆者が知らない世界を見せてくれているというわくわく感を覚えました。この経験が、研究者は楽しそうだなあという印象を筆者自身が最初に抱いたきっかけだったと思います。
それから十数年が経ち、縁あって筆者自身が研究者になりました。中学生の筆者には楽しそうに見えた研究者は、想像以上に大変なことも多いです。それでも、自分で手を動かしながら自分の頭で考えて、新しい現象や理論を見出すことは、諸々の大変さを凌駕するほどの楽しさ、面白さに繋がります。学生の頃よりかは時間が限られますが、これからも可能な限り、少しずつでも自分で手を動かしながら研究を進めていきたいです。十数年前に出逢った研究者の方がそうであったように、純粋に研究を楽しむ心を忘れないことこそが、研究を続ける礎になるはずであり、その姿勢は将来研究者を志す学生にも伝わると思っています。『筆者自身が楽しむこと』をモットーにして、今後も仕事を続けていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究を成し遂げていく中で、一つ、筆者自身が強く感じたことがあります。それは、自分の研究の面白さを一番理解できるのは自分自身だ、ということです。研究はうまく行かないことも多く、研究の方針を見失いかけることがあると思います。しかしそこで、研究の面白さを考えることをやめてしまったら、その研究は意味がなくなります。実際に実験を行っているのは自分自身なので、自分の研究は自分が一番理解しているし、その面白さを語ることができるのも自分だけのはずです。筆者自身、本研究内容をまとめるにあたり、この研究の面白さや意義について何度も何度も考えました。時々やめたくなることもありましたが、結局やめなかったことが、結果として今の成果に繋がったと思っています。本研究を通して、論文やプレスリリースといった成果物だけでなく、研究に取り組む上での気付きを得られたことは、筆者自身が研究を続ける上で大きいことだと思います。
最後に、本研究を進める中でご指導を賜った前田和彦先生、石谷治先生、山﨑康臣先生には厚く御礼申し上げます。先生方のお力がなければこの研究は絶対に成し遂げることができなかったので、本当に感謝しています。また、この論文を投稿してから何度もrejectされていく過程で、ここでは書き切れないほどたくさんの方々からアドバイスや励ましの言葉をいただきました。一度は落ち込んだものの、皆様のおかげで立ち上がり、論文の掲載まで至ることができました。この経験を糧にして、これからも一生懸命研究に取り組んでまいります。本当にありがとうございました。
研究者の略歴
名前:岡崎 めぐみ(おかざき めぐみ)
所属:東京科学大学理学院化学系 前田研究室 助教
略歴:
2017年3月 東京工業大学 理学部化学科 卒業
2019年3月 東京工業大学 理学院化学系 修士課程 修了
2022年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士後期課程 修了
2022年4月 産業技術総合研究所 ゼロエミッション国際共同研究センター人工光合成チーム 産総研特別研究員
2023年4月 東京工業大学 理学院 前田研究室 特任助教
2024年2月 現職